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東京地方裁判所 平成9年(ワ)1653号 判決 1998年1月29日

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

廣瀬哲彦

被告

安田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

有吉孝一

右訴訟代理人弁護士

平沼高明

堀内敦

加々美光子

小西貞行

平沼直人

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、原告に対し、金一一四〇万円及びこれに対する平成九年三月一四日(訴状送達の日の翌日)以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

第二  事案の概要

本件は、弁護士であって弁護士賠償責任保険の被保険者である原告が、受任した建物収去土地明渡請求事件について相手方との間で訴訟上の和解を成立させたが、相手方が和解条項を履行しなかったため、建物の取壊しを断行したところ、相手方から不法行為に基づく損害賠償請求を受けたとして、右保険の保険者である被告に対し、右保険契約に基づいて保険金の支払を請求している事案である。

一  争いのない事実等

1  原告は、昭和三六年に法曹資格を取得した東京弁護士会所属の弁護士であるが、平成六年七月一日ころ、被告との間で、次のような内容の弁護士賠償責任保険契約を締結した(争いがない。)。

(一) 被告のてん補責任 被告は、原告(被保険者)が弁護士の資格に基づいて遂行した業務に起因して法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害をてん補する責に任ずる。

(二) 保険期間 平成六年七月一日から平成七年七月一日まで

(三) 保険金額 一請求につき一億円 保険期間中  三億円

(四) 免責   被告は、原告(被保険者)が次に掲げる賠償責任を負担することによって被る損害をてん補する責に任じない。

(1) 被保険者の犯罪行為(過失犯を除く)または他人に損害を与えるべきことを予見しながらなした行為に起因する賠償責任

(2) 以下省略

2(一)  訴外薄衣雅彦(以下「薄衣」という)は、訴外株式会社サンエー建設(以下「サンエー建設」という)に対し、平成四年一月一六日、その所有にかかる別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)を、地代月額五万円、使用目的資材置場等、禁止特約として建物等の建築を一切しないとの約定で賃貸し、これを引き渡した(甲二、三)。

(二)  ところが、サンエー建設は、平成四年中に本件土地上に別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)を無断で建築し、事務所、倉庫及び作業場として本件建物を使用していた(甲四の一ないし一〇)。

(三)  原告は、薄衣から、平成五年三月ころ、右土地を更地にして返還するよう請求して欲しい旨の依頼を受け、これを受任した(原告本人)。

3  そこで、原告は、薄衣の代理人として、サンエー建設に対し、平成五年四月三日到達の内容証明郵便をもって、右禁止特約違反等を理由に右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたうえ、同月二二日、横浜地方裁判所に対し右建物収去土地明渡等請求訴訟(平成五年(ワ)第一四〇四号事件)を提起した(甲五の一、二、甲六)。

4  右訴訟において、サンエー建設は薄衣の承諾を得て本件建物を建築した旨主張して争ったが、原告は、平成五年七月二一日、薄衣を代理して、サンエー建設との間で、次の内容の裁判上の和解を成立させた。なお、この和解条項の中には、サンエー建設が本件建物を明け渡す旨の条項及びサンエー建設が本件建物内の動産の所有権を放棄する旨の条項は存在しなかった(甲七、八)。

(一) 薄衣とサンエー建設は、平成五年七月二一日、本件土地についての賃貸借契約を合意解約する。

(二) 薄衣は、サンエー建設に対し、本件土地の明渡を平成六年三月末日まで猶予する。

(三) サンエー建設は、薄衣に対し、平成六年三月末日限り本件土地を明け渡す。

(四) サンエー建設は、平成六年三月末日限り本件建物の所有権を放棄し、薄衣においてこれを任意に処分することに異議はない。

5  ところが、サンエー建設は、本件土地の明渡期限である平成六年三月末日が経過しても本件土地を明け渡さず、原告が再三明渡しを求めてもこれに応じなかった。そこで、原告は、同年六月ころ、サンエー建設に対し、明渡期限を特定して、本件建物を解体撤去する旨を電話で警告したが、同会社がこれにも従わず、右期限を徒過したため、同年七月初ころ、解体業者である訴外有限会社青木工業(以下「青木工業」という。)に対し、本件建物の解体撤去を依頼した。その後、原告は、サンエー建設から、同年七月中旬ころまでに明け渡すので待ってほしいと懇請されたため、青木工業への右依頼を一旦取り消した(甲九、一〇、証人鈴木力衛、原告本人)。

6  しかし、サンエー建設が右明渡しを履行しなかったので、原告は、平成六年七月二一日、再度、青木工業へ右解体撤去を依頼し、青木工業は、同年九月一日及び同月二日の両日に、本件建物を解体撤去し、建物内の動産を廃棄、処分した((甲一一ないし一三)。

7  その後、原告は、サンエー建設から、平成六年九月一四日付書面をもって、本件建物解体撤去についての抗議を受けるとともに、本件建物内に残置していたサンエー建設所有の動産類を勝手に処分したことによる損害として別紙損害額合計請求書記載のとおり合計一一四〇万円の賠償請求を受けた(甲一四ないし一六)。

二  争点

1  賠償責任の有無及び金額

(原告の主張)

原告は、サンエー建設から、本件建物の解体撤去に伴う動産の廃棄、処分による損害賠償として、合計一一四〇万円の請求を受けており、同人に対し、同額の損害賠償責任を負っている。

(被告の主張)

サンエー建設は、本件建物内に価値ある動産を置いていなかったから、何らの損害も発生しておらず、原告は、サンエー建設に対し法律上の損害賠償責任を負っていない。

2  免責事由の有無

(被告の主張)

原告は、本件建物内にサンエー建設所有の動産類が存在し、薄衣がこれを廃棄、処分する権限を有していないことを十分に認識しながら、あえて権限を逸脱して右動産類を廃棄、処分した。したがって、原告の右行為は、前記免責条項である「他人に損害を与えるべきことを予見しながらなした行為」に当たるといわざるを得ないから、被告は、右条項により、原告に対して、保険金の支払義務を負わない。

(原告の主張)

原告は、本件建物を解体撤去した際の第一日目午後三時に作業を中止し、サンエー建設に対し、必要な動産は明朝までに搬出するよう警告しているから、搬出されなかったものはすべて不必要なもの、所有権を放棄したものと判断したものであり、同社に損害を与えるべきことを予見してはいない。また、原告は、本件建物内に高価な桐タンス、桐クロゼット、桐木材が存在していたことを全く知らなかった。

第三  争点に対する判断

一  証拠(甲二、四の1ないし10、八ないし一八、乙一ないし三、証人鈴木力衛、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

1  原告は、薄衣の代理人として、サンエー建設に対し、平成六年六月ころ、」前記訴訟上の和解に基づき、本件土地の明渡しを再三求めたが、同会社がその履行をしなかったので、執行官に対し右和解調書に基づき強制執行の委任をしたところ、執行官から、本件建物明渡しの給付条項がないため、明渡しの強制執行することはできないと指摘され、驚いて子細に和解条項を検討したが、結局、本件建物の明渡しの強制執行ができないことを知り、これを断念した。そして、原告は、本来ならば、改めて建物明渡しの債務名義を取得してこれに基づいてその強制執行をすべきであるが、早期に明渡しを実現するためには、自力で、右明渡しを強行することもやむを得ないものとして、明渡しを断行することを決心し、同年七月初めころ、解体業者である青木工業に本件建物の解体撤去を依頼した。

2  原告は、その後、サンエー建設から、同年七月中旬ころまで明渡しを待って欲しいと懇請され、右解体の依頼を一旦取り消したものの、明渡しが履行されなかったので、同月二一日、再度、青木工業へ本件建物の解体撤去を依頼した。その際、原告は、サンエー建設が、主として木造建物の建築等を業とする会社であって、本件建物(延床面積約九九平方メートル)を事務所、倉庫、作業所として使用中であり、建物内に、自動カンナ、自動仕上機、その他機械類、木材等の建築資材、机等の事務所備品などが存在していることを十分に認識していたが、青木工業に対し、原告が全責任を負うので本件建物、廃材一切を撤去して更地にして欲しいと要請し、建物内の動産類をすべて搬出、処分するよう指示した。

3  青木工業は、予めサンエー建設に対し本件建物の解体撤去の日時を予告したうえ、原告の依頼に基づき、同年九月一日午前、本件建物内で就業していたサンエー建設の従業員数名を排除して本件建物の解体撤去作業に着手し、同日午後三時ころまでに解体を終了し、翌二日、解体した廃材及び建物内部に存在していた動産類一切を搬出、処分して更地とした。なお、原告は、第一日目、右解体の現場に立ち会ったが、高価な動産類は存在しないであろうと速断し、建物内に入って内部の動産類を確認することをしなかった。また、原告は、第一日目の解体作業終了後、サンエー建設の従業員に対し、翌日午前九時までに必要な動産類を現場から搬出するよう警告したが、翌日それが搬出されたかどうかを確認しなかった。

4  サンエー建設は、本件建物の右解体撤去に伴い、建物内部に置いてあった別紙損害額合計請求書記載の動産(桐タンス、桐クロゼット、桐木材、自動カンナ、自動仕上機、その他機械類、木材等の建築資材、机等の事務所備品など)をすべて搬出処分され、これによって、少なくとも合計五七〇万円相当(同請求書記載の各動産につき、請求金額の各半額)の損害を被った。

二  争点1について

右の事実関係によれば、原告は、弁護士として受任事件を処理するため、青木工業をして、本件建物の解体撤去を行った際、本件建物内部に存在していたサンエー建設所有の別紙損害額合計請求書記載の動産を廃棄、処分し、これによって、同会社に対し、少なくとも五七〇万円相当の損害を与え、同額の損害賠償責任を負担するに至ったものであることが認められる。

そうすると、被告は、原告に対し、被告主張の免責事由が認められない限り、原告が右損害賠償責任を負担することによって被る右同額の損害をてん補すべき責任がある。

三  争点2について

前記の事実関係によれば、原告は、経験豊富な弁護士であり、薄衣の代理人として本件建物を取り壊すにあたって、サンエー建設に対して本件建物明渡しの強制執行を行いうる債務名義を有していないこと及び本件建物内に存在するサンエー建設所有の動産類を搬出処分しうる権限を有していないことを十分に認識していたこと、また、原告は、サンエー建設が木造建物の建築等を行う業者であって、本件建物を使用占有中であり、本件建物内に自動カンナ、自動仕上機、その他機械類、木材等の建築資材、事務所備品などの動産が存在していることも十分に認識していたこと、しかし、原告は、自力救済として、本件建物の明渡しを断行することを決め、解体業者である青木工業に対し、原告が全責任を負うとして、本件建物等一切を撤去して更地にするよう依頼し、建物内部の動産類をすべて搬出処分するよう指示したこと、青木工業は、弁護士たる原告の右指示に基づき、本件建物を使用占有中のサンエー建設の従業員らを排除して、本件建物を解体撤去し、その際、建物内部にあった動産もすべて搬出処分したことなどが認められ、これらの事実に鑑みると、原告は、サンエー建設に損害を与えるべきことを予見しながら、青木工業をして、本件建物の解体撤去及び内部の動産類の搬出処分を行い、これに起因してサンエー建設に対し前記の損害賠償責任を負担するに至ったものといわざるを得ない。

もっとも、前記のとおり、原告は、本件建物を解体撤去するに際し、予め平成六年九月一日に解体工事を行う旨の予告をし、また、同日午後三時ころ解体工事終了後、サンエー建設の従業員に対し、必要な動産類を翌二日午前九時までに現場から搬出するように警告したことが認められるが、原告は、本件建物内に動産類が存在することを認識しながら、解体工事着手前に建物内部の動産類の内容を確認せず、また、工事二日目にサンエー建設が現場から動産類を搬出したかどうかも確認しなかったことに照らすと、右予告ないし警告の事実によっても、前記判断を動かすことはできない。

なお、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件建物の解体撤去に際し、建物内に桐タンス、桐クロゼット、桐木材が存在することを知らなかったことが認められる。しかし、前記の事実関係によれば、原告は、当時、本件建物が建設業を営むサンエー建設の事務所、倉庫、作業所として使用され、内部に木材等の建築資材が存在していることを十分に認識していたのであるから、本件建物内に桐タンスなどの木工品や桐木材等の高価な木材が存在することを予見し建物内部を確認すべきであったのに、あえてこれをしなかったことが認められ、これら前記の事実関係に照らすと、原告は、右桐タンス等の動産類の廃棄、処分による損害についても、サンエー建設に損害を与えるべきことを予見しながらその搬出処分を行ったものといわざるを得ない。

そうすると、被告は、前記免責条項により、サンエー建設に対して損害賠償責任を負担することによって被る原告の損害について、これをてん補する責任を負わないというべきである。

四  よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官市川賴明)

別紙<省略>

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